|
最優秀作品
【作品タイトル】 『 桟橋 』
【名前・ペンネーム】 高崎 浩(こうざき ひろし)
少年(18)がスケートボードに乗って、みなとみらいを疾走していた。あたりをよく注意して見渡しながら。そうして、桟橋にひとり佇んでいる老人(88)を見つけて笑みを浮かべた。
「『見送り屋』ってのは、あんたか」「そう呼ぶ輩もいる」
少年は真っ白い無地のステッカーをジーンズの尻ポケットから出し、ボールペンといっしょに老人に渡した。老人が少年の顔を凝視した。おもむろにペンを動かし、ステッカーに文字を書いた。 『連戦連勝』
「いい字だ。俺の教わった学校の先生ときたら、そろいもそろって字がヘタクソでね。あんたぐらいに立派な字を黒板に書いてくれたら真面目にノートを取ったのにな」
「私でも無理さ。君は私の授業をほっぽりだして外で遊びまわっただろう」
少年は笑い、『連戦連勝』のステッカーをスケボーの裏にペタリと貼り付けた。
「ありがとう。これで今度のスケボーの大会は優勝できそうだ」
少年はスケボーに乗って去っていった。老人は少年を『見送った』。
老人は、介護施設の談話室ではいつも決まった椅子に座った。窓際にポツンと置かれた椅子だ。集まって談笑する入居者たちには目もくれず、空に浮かぶ雲や、横切る鳥を眺めて孤独に日の光を浴びていた。
眠れない夜にはノートを広げ、ひたすら念仏を書き込み続けた。見まわりの介護師が、もう寝るようにと促がしても、容易には手を止めなかった。
桟橋で海を行く船を見つめる老人のもとに、その日はOL(33)がやってきた。OLはシャツの中に手を入れて、ブラジャーを外すと、ペンといっしょに老人に渡した。
「この裏のところにお願いします」
「書きにくいな」
「出会う男全部を、食って食って食いまくってやりたいんです。これは、今まで私に見向きもしなかった男たちへの復讐なんです」
老人はおもむろにブラジャーを受け取り、ペンを走らせた。 『連戦連勝』
「あなたは、あなたが見送った人がどうなったか、知っていますか」
「報告に来る者もあれば、来ない者もある」
「どうなったか気になる人もいるでしょうね。私が思うとおりになったら、調べてあげましょうか、あなたが気になる人を」
「知って、私はどうする。私は、戦地に行かなかった人間だよ」
OLは言葉を返せなかった。ブラジャーを持って、立ち去った。
次にやってきたのは、自衛官(25)だった。
「僕の祖父も、教師だったあなたと同じように兵役を免除されたらしいのです。宮大工でした」
「ご存命かね」
「残念ながら……。生前はよく聞かされました。海軍の軍服に憧れていたのだと」
自衛官は白いハンカチとペンを取り出した。老人の顔は曇っていた。
「我が国の自衛隊が海外でやるのは復興支援活動ってやつですからね、別に戦うわけじゃないんですけど、全く安全というわけではありません。だから、書いていただきたいんです。肌身離さず携帯します」
老人はおもむろにハンカチを取り、ペンを走らせた。 『連戦連勝』
「君の顔は、私の幼馴染みに似ている」
「その人も戦地に?」
「ああ。君のおじいさんや私とは違ってね」
「その人はどうなりました……? いえ、やっぱりやめましょう。聞くのは礼儀に反する」
自衛官は礼を述べて、去った。
汽笛が聞こえた。
老人に近づいてきた影があった。スケボーの少年である。老人と目が合うと、少年はスケボーを海に投げ捨てた。
「インチキじじい……!」
少年が老人に襲いかかった。が、老人はその見た目からは想像もつかない強靭な力で逆に少年をねじふせた。
「なんて力だ……」
「外に出られたくせに……。お前は外に出られたのに……」
「……!」
「私は戦に出るべきだった。陸でやがて否定されることを子ども達に教えているぐらいなら、南方あたりで戦死すべきだったのだ……」
少年は暴れ、老人の腹を蹴り飛ばして逃げ去った。老人は痛む腹を抱えて横たわった。
意識が朦朧としてきた。
老人の頭の傍らに、一人の男が立った。旧海軍の軍服を着た、老人の幼馴染(24)の亡霊であった。彼は手拭いを老人に見せた。
手拭の端には、若き日の老人が書き込んだ『連戦連勝』の文字があった。
「行ってくるよ」
「だめだ。行ったら君は死ぬ」
「死にはしないさ。君の立派な字でこれを書いてもらった」
「君の船は米軍の魚雷によって沈められるのだ」
「馬鹿なことを言うのはよしたまえ。君の愛国心は、誰にも勝るはずだ。」
「違うんだ。この国は変わってしまうんだ」
「もう時間だ。行かなくては。君はここで頑張ってくれ。大日本帝国の将来を支える子どもたちを頼んだよ。教師の君は、僕なんかよりよっぽど重大な任務を背負っているんだぞ。さあ、立ちたまえ」
老人は立ち上がった。幼馴染は去っていった。去り際、老人の文字が書かれた手拭いを高く掲げた。老人は力なくその場に座り込んだ。身体が倒れた。そうなってもまだ、老人の目は友の後ろ姿を追っていた。
半年後、かつて老人がいた桟橋に、OLが白い花束を供えにやってきた。手を合わせて祈った。その時、もう一人、老人を偲んでこの場所を訪れた者があった。自衛官である。
「あなたも彼に書いてもらったのですか」
「ええ。でも、まるで効かなかったわ」
「僕は効きました。だから今日ここに来れているのです」
「そうですか……。でも私は効力がなくって、かえってよかったと思ってるんです。以前にここに来た時に望んでいたことが実現していたら、きっと今日ここには来なかったでしょう」
「それではあなたも、あのおじいさんに感謝しているのですね」
「ええ、そういうことでしょうね」
「僕も花ぐらい持ってくれば良かった。手を合わせることぐらいしかできない」
「花より気持ちです」
「あの、すみません。もしこの後お時間があるようでしたら、もう少し僕と話をしてくださいませんか、どこかでお茶でも飲みながら」
「え……!」
「今日ここでお会いしたのも、あのおじいさんが導いてくれたからかもしれません」
「ええ……」
「申し訳ありません。ぶしつけでしたね」
「いえ。ただ、ちょっと驚いてしまったの……。そうね、あのおじいさんのおかげかもしれないわね」
「はい」
そうして、ふたりは並んで去っていった。桟橋に残ったのは、白い花束だけ。
終
※無断転載禁止
|